CHAPTER 01 ― 起業
「本当の営業がしたい」——
金なし、コネなし、1人で始めた。
2010年。私は組織を離れ、1人で営業代行サービスを立ち上げた。 手元に資金はなく、頼れる人脈もなかった。 あったのは「本当の営業がしたい」という確信だけだった。
組織の中にいると、どうしても「会社のための営業」になっていく。 ノルマ、体裁、上からの指示—— それは営業ではなく、数字のための作業だと感じていた。 本当の営業とは、クライアントのビジネスを深く理解し、 マーケットと真正面から向き合うことだと信じていた。
もう一つ、こだわりがあった。 「集客はWebからのみ」と決めていた。 口コミや紹介に頼らず、検索される仕事をしたい—— それが、自分のビジネスにとって最も誠実なスタートだと考えたからだ。
最初のクライアントは、一人親方の住宅設備関係の有限会社だった。 その現場から、すべては始まった。
CHAPTER 02 ― 気づき
100社・60業種の現場で見えた、
日本企業の「マーケティングの空白」。
その後の約10年間、100社以上・60業種以上のクライアントの営業現場に立ち続けた。 中小企業から大手法人まで。製造業、医療、福祉、サービス業、IT、不動産—— 業種も規模も違うクライアントの現場を横断してきた。
その中で、繰り返し目にしてきたことがある。
あるとき、マーケティング会社の営業代行として、超大手企業への営業を経験した。 そこで痛感したのは、いかに日本企業のマーケティングが世界に遅れているか、ということだった。 商品開発もサービス設計も、思いつきで始まっているケースが驚くほど多い。 マーケットの検証も、競合分析も、顧客の声も後回し—— その結果、営業が始まった時点で、すでに負けている。
「この商品は良いはずだから、売ってきてほしい」 その言葉の裏に、どれだけ多くの思い込みが詰まっているか。 現場に立てば立つほど、それが見えるようになっていった。
CHAPTER 03 ― 確信
昭和・平成・令和。
時代が変わり、営業の本質が問われている。
バブルの熱狂、失われた20年、デジタル化の波—— 日本の営業は、その時代ごとに姿を変えてきた。
かつては、「口八丁手八丁」で売れた時代があった。 熱意と人間力があれば、多少の商品力の欠如はカバーできた。 しかし、その時代はとっくに終わっている。
顧客は賢くなり、情報は溢れ、比較は容易になった。 「気合いで売る」営業スタイルは淘汰され、 同時に営業職の人口も減り続けている。
だからこそ、営業のアウトソーシングはこれからさらに重要になる。 しかし、それは正しく使われなければ意味がない。 コンプライアンスを理解し、業務委託の本質を理解し、 現場が届ける情報を経営に活かせる会社だけが、 営業代行から本当の価値を引き出せる。
PHILOSOPHY ― 私が大切にしていること
16年間、現場で磨かれてきた考え方
- 01 営業は成果のためのツールではなく、マーケットを見通す「望遠鏡」だ。現場が届ける情報を、経営に活かすことができる会社が強い。
- 02 営業設計なき営業代行に意味はない。誰に、何を、どの順序で届けるかという設計が、成果のほぼすべてを決める。
- 03 業務委託の本質を理解しないクライアントとは、一緒に働かない。それは冷たさではなく、お互いへの誠実さだ。
- 04 「どうすれば売れるか」を一番知っているのは、営業現場だ。その声を受け取り、活かせる会社だけが、マーケットを渡っていける。
- 05 思いつきで作られた商品は、営業を始めた時点で負けている。マーケットの現実を素直に受け止め、自社を変える覚悟がなければ、成果は出ない。
CAREER
歩み
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2010年「金なし・コネなし」1人で営業代行サービスを創業。集客はWebのみと決め、大阪でスタート。最初のクライアントは住宅設備関係の有限会社。
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2010年代約10年間、100社以上・60業種以上のクライアントを自ら営業代行。製造・医療・福祉・IT・不動産など、業種を問わず現場に立ち続ける。
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超大手企業への営業代行マーケティング会社の営業代行として超大手企業への営業を経験。日本企業のマーケティングの遅れと、思いつきで始まる商品開発の構造的問題を実感。
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会社設立・全国展開日本営業代行株式会社を設立。認定スタッフ制を導入し、全国での営業代行体制を構築。グループ会社として大阪営業代行株式会社なども展開。
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現在営業設計・コンプライアンス・マーケットの現実に基づく営業支援を軸に、クライアントの「正しく使える営業代行」を追求し続けている。
COLUMNS ― 代表執筆コラム